2019.04.16社員ブログ

ポスター製造スタッフ【成井の目】連綿と・・・

おはようございます。
製造・成井です。

以前聴いた法話からです。

親を亡くした時に、不孝ばかりしてきた自分の人生を思い返し、
立派な葬式や法事を勤める事でしかこのやりきれぬ気持ちを静める方法はない・・・と
盛大に供養する人は多いですが、それが本当に亡き両親の御恩に応えることになるのでしょうか。

亡くなられた親やご先祖の恩に報いようとする時にまず知らなければならないのは
「親の最も喜ぶことは何であるか?」
「先祖の最も望んでいることは何か?」を自問するということでしょう。

例えば、お世話になった方にお礼をしようと、奮発して高価なお酒を贈ってみても、
そのご本人がお酒を飲まない方だった場合、喜んではもらえませんね。
その方が好きな物、もらってうれしい物を贈ってこそ喜ばれ、ご恩返しになるのです。

同じように、親やご先祖の望まないことを、どれだけお金をかけてやったところで喜んではもらえません。  
亡くなった親やご先祖に喜んでもらいたければ、相手がいちばん望むことは何かをまずよく知り、
その通りにすることなんです。

では、親やご先祖が子供たちに望み求めることは何でしょう。

○毎日笑っていられること。
○健康で元気でいてくれたら
○自分はこの道を選んだことは間違いなかった、と思える人生を送って欲しい。
○人の痛みのわかる心の優しい子になってほしい
○友人を大切にする人になってほしい

いろいろ挙がってきますが、せんじ詰めれば、
「子供たちよ、正しく生きてくれ、真の幸福者になってほしい」
ということではないでしょうか。 

それはあえて、亡くなったご先祖を呼び出して尋ねてみるまでもなく、
私達が子供に何を望み、願っているかを考えれば分かられると思います。

ご先祖や親が私達に、そして私達が子孫に切望することはただ一つ。
「正しく生きよ、幸福になれ」ということ、これに尽きると思います。

ならば、私達が一人一人胸に手を当てて
「親が悲しむような、恥ずかしい生き方をしていないだろうか?」
「親が今の自分を見たら、目を細めて笑顔になってくれるような人生を送っているだろうか?」
と自問してみることです。

「幸せかい?」と尋ねられた時、
心から「うん、ありがとう」と言えるだろうか。
「生んでくれてありがとう、育ててくれてありがとう・・・」と心から感謝できるだろうか。

『人身受け難し 今已に(いますでに)受く』(釈迦)
人間に生まれてよかった、と生命の歓喜を受けることこそ、
亡くなった人の最も喜ぶ最高の供養となるのです。
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変えるべきこと、変わる事が自然の摂理であること、変えてはいけないこと、変わってはいけないこと・・・・

人の考えは年齢、環境、時代とともに変わっていくもの、変わっていくことは自然なことなのだ・・・と
思う反面、やはり思想的な部分も含め、普遍的に変えてはいけないこともある・・・・とも思います。
古い考えでしょうか?

今日も毛が無く、否、怪我無く!