2020.03.26社員ブログ

「ライオンのおやつ」という本を読んだので紹介したかったがその本が見当たらないので【蘇】を作った話

もうタイトルの通りである。

紹介したいと思った本が見つからない。

見つからないけど紹介したい。

紹介したいけど手元にないからこのブログに載せる写真が撮れない。

うう、でも紹介したい。

ああ、どうしよう、でもな、ううん。

あれ、そういえば、ちょっと前に巷では蘇ブームがきてたよな。

この本にも蘇が出てきて、とても印象的だったんだよな。

牛乳消費に私も役立てるか分からないけど、

そうだこの機会に 蘇 作ってみよう。

と思い立ったら即キッチンへ。

作ってみましたよ、蘇。

※ちなみに【蘇】【そ】と読みます。


中火で煮立った牛乳を弱火でぐるぐるぐるぐる、
ひたすら混ぜる。混ぜる。混ぜる。


いつまで混ぜるんだろう、この牛乳が、いつ蘇になるんだろう。

不安に思っても、手は止めずに粛々と混ぜる。混ぜる。混ぜる。

根気よく混ぜていくと、フライパンのフチに粕のようなものが。

おっもうすぐか?と思っても、まだシャバついてる牛乳に蘇までの長い道のりを感じる。

白い乳と私。

こんなに長い事向き合った事はあるだろうか。

ふんわりやさしく広がる、あたたかな牛乳の香りにつつまれて、

ぐるぐるぐる。まぜまぜまぜ。

ぐるぐるぐるぐるもこもこふつふつふつ

 あれっうわっおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

 

いつの間にかできていました。蘇です。

粗熱をとって、サランラップに巻いて、冷蔵庫に入れて冷やす。

フライパンに残っていた小さな蘇の欠片をぱくり。

「これが蘇か」

思いもよらず時間を掛けて生まれた蘇の味は、

まるでチーズのような、でもほんのりと甘みを感じる、
ミルクセーキともいえるような、不思議な食べ物で、

「ライオンのおやつ」に出てくる主人公の海野雫は、
この蘇を口にした際に、まるで母乳のような味だと言っていた事を思い出しました。


そうだ。本の話もしたかったんだ。
この「ライオンのおやつ」という物語は、おやつと思い出と死の話なのです。

余命を告げられた33歳の主人公、海野雫は、
瀬戸内海のレモン島にある「ライオンの家」というホスピスで、
最後の日々を過ごすことを選びます。

「ライオンの家」では、
メイド服を着たマドンナという呼び名の管理人が、
不安そうな彼女を迎え入れてくれます。

そこでは、病院にいた時と違って守らなければいけない規則のようなものはなく、
毎朝365日違うおかゆが食べられたり、
毎週日曜日、入居者が生きている間にもう一度食べたい思い出のおやつをリクエストできる、
「おやつの時間」があり、様々な楽しみがちりばめられているホスピスで、

まだ生きたいという思いと、死を受け入れようとする思いの狭間で葛藤する、
雫の視点で物語が綴られていきます。


物語が進んでいくにつれ、

主人公の体はだんだんと自由がきかなくなっていって、

時間の経過もおぼろげになっていくのですが、

それに反比例するかのように、目にうつるもの、

心に感じることがどんどん鮮明になっていきます。

それはまるで、蘇をつくっている過程に似ていて、シャバシャバで形の定まらなかったものから、
だんだんと、くっきりとした輪郭で、
自分が最も大事にしたいと思っていたこと、宝物のようなものが浮かび上がっていって、

突然ハッキリとした形で目の前に現れたように感じたのです。

蘇の語源というか、起源を調べていたら、
醍醐(だいご)という言葉にたどり着きました。
(たしか本でも触れていたような気がするぞ・・・)

仏教では生乳を精製する過程を五段階に分け、
それぞれに名前をあてたのだが、その最上位を醍醐という。

そこから、「物事の最上の味わい」という意味で、
醍醐味(だいごみ)という仏教用語が生まれたそうです。

ほおう。ためになるう。

・・・あれ、
しかしながら、蘇は醍醐ではない。
五段階中の二段目か三段目くらいか?

つまり、蘇であんなに大変だったってことは、
醍醐味を味わうには、もっともっと時間がかかるのか・・・?
(もうこの時点で煩悩の塊である。)

幻の味を探し求めて、これからも牛乳ならびに私自身も
煮詰めていこうじゃあないか。

と、このブログを書きながら思ったのでした。

私とは・・・ポスター印刷のプリオ 製造チームと動画にも出ているヒキバでございました。